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『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』:サントリー美術館 混雑は予想しづらい。

東京六本木(東京ミッドタウン内)にある、サントリー美術館で行われている『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』に行ってきました。

楽しみにしていた展覧会、ゆっくり鑑賞したいので、いつも以上に混雑は避けたいですが、どうでしょうか。

人気のある六本木にあるため、お買いものやランチのついでに、お友達同士で来る人の多いサントリー美術館。美術展目当ての人だけではないので、混雑の予想がしづらいです。

混雑度:『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』サントリー美術館

★★(★5満点 多いほど混んでます)

平日金曜日の5時ごろ到着しました。

金曜日は開館時間が8時までなので、ゆっくり見ることができます。

お買い物もランチ、お茶も終わって、美術館も鑑賞して、もうそろそろお家へ帰る人も多いかと思われる時間を狙ってみました。

会場の中は混雑していません。

予想どおりです!!

 

ただ予想とは違い、男女とも一人で鑑賞している人が多かったです。

そして、若い人(20~40代)くらいの人が多かったですし、みなさんかなり熱心に作品を鑑賞していました。この展覧会を楽しみにしていたと思われる人ばかりでした。

会場内は静かですが、真剣に鑑賞する静かなる熱気を感じました(笑)。

お勧め度:『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』サントリー美術館

★★★(★5満点)

茶の湯に興味がある人に、特におすすめします。

特に、きれいな美しい茶道具が好きな人はぜったいに楽しめます。

茶の湯のお稽古仲間と一緒に鑑賞するのも楽しいと思います。

 

日本の江戸幕府の寛永時代についての、幕府と宮廷の繋がりなどの歴史を知ることもできますので、歴史好きな人にもおすすめです。

所要時間:『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』サントリー美術館

ミュージアムショップもみて、合計で1時間半オーバーぐらい。

混雑していなかったので、ウロウロ好きな作品を何度も見てしまいました。

 

この後に予定があったのですが、見入ってしまいまい、予定時間を大きく超えてしまいました。 

見どころが多すぎました。

展覧会のみどころ:『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』サントリー美術館

[展覧会パンフレット:表]

①後寛永文化とは 後水尾院サロン

「寛永文化」のは、桃山文化の美から繋がり、その後の活気みなぎる元禄の美の間のさりげない美を表現したといわれています。

寛永文化の中心人物は、後水尾院(1596~1680)であり、京都が中心の地。後水尾院は、その長い生涯のなかで朝廷と幕府の関係に配慮しつつ、宮廷文化の再興に力を注ぎ活動しました。

元和6年(1620)の二代将軍・徳川秀忠の娘、東福門院(とうふくもんいん・1607~78)入内などの融和政策を通した江戸幕府の莫大な経済的援助は、京都を中心とする寛永文化を開花させる大きな要因にもなりました。

②小堀遠州・野々村仁清・金森宗和・狩野探幽について知る

小堀遠州(1579~1647)
寛永文化を代表する茶人であるとともに、伏見奉行を長く務め、多くの建築造作も指揮した江戸幕府の有能な官僚でもありました。彼の茶は「きれい寂び」といわれます。

 

野々村仁清(生没年不詳)

色絵の技法を大成し、京焼随一の名工として名高い。
正保4年(1647)ごろ御室仁和寺(おむろにんなじ)の門前に窯を開き、御室窯の活動を開始します。そして、この開窯にあたって指導者的な位置にあったのが、遠州と同じく寛永期に活躍した茶人、金森宗和(1584~1656)です。

 

金森宗和

宗和は飛騨高山城主の金森家に生まれ、後に茶人として京都で活動しました。宗和は武家や町人をはじめとして、公家とも交流を持ち、彼らに自身のプロデュースした御室焼を斡旋していました。

彼の茶の湯は「公家好み」といわれ「姫宗和」という言葉を生み出しました。

 

狩野探幽(1602~74)

狩野派の絵師である狩野孝信(かのうたかのぶ)の長男として京都に生まれました。その画力を徳川家康・秀忠に認められ、本拠地を江戸に移し、幕府の御用絵師として活躍します。

徳川政権による新たな時代にふさわしい美を探究したその生涯は、まさに寛永文化の展開に重なるもの。

参考:展覧会ホームページより

気になったかわいい作品:『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』サントリー美術館

[展覧会パンフレット:裏]

瀬戸肩衝茶入 銘「春山蛙声」(しゅんざいあぜい)

尾形乾山 江戸時代中期 湯木美術館

形は肩が大きく張った独楽のよう。

黄色味がかかった地釉に緑味が混ざった色あい。

小さめなサイズで使いやすそうです。

銘の春山は色、蛙声は形からつけられたそうです。

使って見たいな~と思う茶入れでした。

白釉円孔透鉢

野々村仁清 江戸時代17世紀  MIHO MUSEAM

今回の目玉になっている作品。

現代陶器の作品のようなモダンなデザインです。

とにかく美しいのですが、何を入れたらいいのか(笑)と考えてしまいました。

冠形大耳付水指

修学院焼 江戸時代17世紀 滴翠美術館

一見、どこがフタなんだかわからない!?

面白くて記憶に残りました。

白釉耳付水指

野々村仁清 江戸時代17世紀  出光美術館

こちらもおもしろい形。

下の土台のような部分に取っ手?がついているので、まるでさかさまに見えます。

独創的なデザインです。

黒釉金彩肩衝細茶入

野々村仁清 江戸時代17世紀  滴翠美術館

なんじゃこれ!!という感じです。

ものすごい細長く、背の高い茶入れなんです。

茶杓が入るのか?届くのか?不思議で、おもしろいのです。

お楽しみ①『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』遠州さん

気になる遠州さんについて知ることができました。

漫画「へうげもの」では、ちょっと女性ぽくて?かわいい遠州さんが描かれています。

へうげもの 文庫版 コミック 1-10巻セット (講談社文庫)

私の最も気になる人物です(笑)

今回の展覧会で、気になる遠州さんの愛した茶道具がいろいろ見ることができました。

遠州さんお好みの、小さめサイズの清々しい美しさのお道具が揃っていて、遠州さんをさらに知ることができて楽しかったです。

 

本『図解茶の湯人物案内』八尾嘉男著に掲載されている「小堀遠州代表的遺愛道具」8点中、なんと今回4点も見ることができました。

■丹波耳付茶入 銘「生野」⇒◎今回の展覧会で見られます

■瀬戸肩衝茶入 銘「春山蛙声」⇒◎今回の展覧会で見られます

■高取鮟鱇茶入 銘「腰蓑」

■瀬戸飛鳥川手茶入 銘「飛鳥川」⇒◎今回の展覧会で見られます

《古今和歌集』の和歌から遠州が命銘しました。

■青磁中蕪花瓶 銘「夕端山」

■小井戸茶碗 銘「忘水」

■油滴天目 芙蓉台添⇒◎今回の展覧会で見られます

寛永13年(1636)戸奥川家光に献茶をしたときに使用したもの

■高麗茶碗 銘「利休ととや」

もともと千利休が所持していて、古田織部に伝わり、その後遠州が所持したもの。漫画「へうげもの」でも登場しました。

 

漫画「 へうげもの」、茶の湯の勉強にもなります。

www.pooh70.com 

お楽しみ②『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』子ども用シート

子どもが楽しく美術館を楽しく鑑賞できるようにつくられたシートがあります。しかも、子どもの年齢によって難しさが4パターンも用意されています。

気づかいが、うれしいですね~。

こちらは、難しさレベル★★☆

お題は「ツルのかたちの作品をみつよう!」

ツルの作品を見つけたら、シートをめくります。

すると、ツルの作品についての説明をみることができるようになっています。

 もう少し簡単なレベルのシートだと「この茶碗をみつよう!」

この茶碗は赤楽茶碗 銘「熟柿」でした。

まとめ:『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』サントリー美術館 

期待していたよりも多くの数々の茶道具が見ることができました。

整った美しい正統派のような茶道具を見るにつれて、これこそ京都で栄えた文化なんだな~となんだか納得しました。

寛永文化が終わり、元禄文化にうつっていくと文化の中心は大阪へ移り、さらに政治が完全に江戸へ移ると文化も江戸が中心になり、さらにさらに明治になると天皇すら江戸(東京)へ移ってしまう。

政治と文化の関係も、がっちりみえてくる展覧会であったような気がします。

寛永文化が栄えたこの時に、だれがそんなことを想像していたのだろうかと、歴史のとめどめなく続く流れにはさからえない、恐ろしさも感じた展覧会でもありました。

展覧会の基本情報:『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』サントリー美術館

2018年2月14日(水)~4月8日(日)

サントリー美術館[東京・東京都港区六本木 東京ミッドタウン内ガレリア3F]

おすすめ本:『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』

茶の湯に関わりのある茶人たちを知ることができます。

侘び茶の誕生として珠光から利休、古田織部から片桐石州、松平不昧、井伊直弼、益田鈍翁、松下幸之助まで現代に繋がる茶人まで網羅されている本です。

図解 茶の湯人物案内