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茶箱 茶道★和菓子★展覧会 

茶箱の中は好きなモノでいっぱい!

京都の人は関東についてどう思うの? 茶道 香合「隅田川」

今年は、なかなかお花見にピッタリの天気に恵まれず、夜に近所の桜を見ただけになってしまいました。川沿いに咲く桜が見たかったのですが残念でした。

このお花見の時期にでてくる茶道具に、香合「隅田川」があります。

染付で、白い陶器に青い色の絵が描いてあります。

ひし形の平らな香合で、蓋には対角に把手のようなものが付いています。これを橋に見立てて、柳や川船、船の上には人が描かれています。(絵はまちまちです。)

隅田川のお花見をあらわしているということで、この時期に使われる香合です。

江戸時代に香合の評価をあらわした「形物香合相撲番付」にも、この香合は西 第4段 14位の位置にランクインしています。

なんで「隅田川」?

私は、初めてこの香合を見て説明を聞いた時に「把手を橋に見立ているのが面白いな」と思ったのですが。実は、それよりもなぜ「隅田川」なんだろうと不思議に思っていました。

なんとなく茶道具には京都に関連する名前がついたものが、多いような気がしていたからです。なんで、東京の「墨田川」なんだろう?と。

「隅田川」というと、自然の美しさと言うより、なんとなく下町の人たちが集まってがやがや楽しげな宴会をしているようなイメージがします。ちょっと風流な感じから遠いような・・・。

京都にだって川は、竜田川(紅葉で有名)、宇治川だってあるのに・・・。

京都の人は、どう思うのかしら?と春にこの香合を見るたびに思っています。

隅田川は平安時代から文学にも登場

伊勢物語

在原業平の作と伝えられる(「名にしをはば、いざ言問はむ都鳥、わが思ふ人はありやなしやと」と百合鴎を詠う)。平安時代初期。
更級日記

菅原孝標女の日記。1020年(寛仁4年)に父の赴任先の上総国府から京へ戻る途中、隅田川を渡る際の様子を描写。

[Wikipediaより]

平安時代から、京都の人も知っている川だったんですね~。

京都とから「東(あずま)下り」ということで関東の方にやってきて、関東から京都の都を懐かしく思っていたのが目に浮かびます。

関東地方の筑波山も登場

小倉百人一首にも常陸国(茨城県)の筑波山を歌った歌があります。

「筑波嶺の峰より落つるみなの川恋ぞつもりて淵となりぬる」

(つくばねのみねよりおつるみなのかわ こいぞつもりてふちとなりぬる)

陽成院(ようぜいいん)

(男体山(なんたいさん)、女体山(にょたいさん)からなる筑波山)筑波の山頂から細く流れる男女川(みののがわ)が、しだいに水かさを増して淵となるように、あなたへの恋心が積り積もって深くなってしまいました。

『図解 地図と由来でよくわかる!百人一首』監修:吉海直人 青春新書

筑波山も平安時代から知られていたのか!と驚きました。

筑波山といえば”がまの油”が有名だけど、昔も”がまの油”がお土産だったかな(笑)

 

平安時代から、京都の人たちは関東地方の山や川も知っていて歌や文学の題材として扱っていました。それぐらい、京都の人にも馴染みのあるものなの?だったのです。だから、それが茶道具の銘(名前)として付けられても不思議ではないのです。

う~ん、でもなんとなく「隅田川」も「筑波山」も風流な感じがしないんです。関東人の私は、京都への憧れが強いからなのかもしれません。