茶箱 茶道★和菓子★展覧会 

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茶人 織田有楽斎さんの生き方

●『真田丸』の有楽斎さん

●有楽斎さんって?

●茶室「如庵」

●大井戸茶碗「有楽」

●有楽斎さんの生き方とは

      

日曜日の夜は『真田丸』を夫婦で見ています。

もうすぐ戦いも佳境に入ります。

豊臣秀頼のイケメン具合に、いまいちドラマに入り込めないのですが。

彼のイメージでは、おでぶちゃんなんです・・・。

あんなにかっこよくてスリムなんて。

「だれ?」って感じです。

 

その中で

「有楽斎さんいい味でてますね~」

意地悪なの?、どっちの味方なんだよ~!とつっこみどころ満載です。

いやらしい感じがにじみ出てますね。

プンプン臭ってきそうです。

 有楽斎さん「茶の湯」の世界では有名人です。

茶人クリーンな人

と思っていたので、ドラマを見るたびに驚いています。

有楽斎さん

織田 長益おだ ながます)(1547~1621)といいます。織田信長の腹違いの弟ですが、信長とは13歳離れています。

 天正18年(1590年)この頃、剃髪して有楽斎如庵(うらくさいじょあん、有樂齋如庵)と号し、後世では有楽有楽斎といわれています。

 千利休に茶道を習い(台子の作法を伝授されたという)、利休十哲の一人です。

有楽さんの茶室「如庵」二畳半台目

1618年に、京都の建仁寺の塔頭・正伝院を修復し、そこに建てた茶室「如庵」は国宝に指定されています。現在は犬山城の有楽苑に現存します。

 

特徴1 有名な床脇の斜めの壁

茶道口(勝手口)から客座に進む亭主の動きをスムーズにします。(茶道口を出ると広がっているため)

そしてこの斜めの壁が、手斧で削った荒々しい床柱を際立たせます。

特徴2 暦張席

壁の「腰張」(体が擦れて壁が傷めるのを防ぐもの)に古い暦を張っています。

(多くは奉書を張ります。)

特徴3 天井

上座側に平天井(水平)

下座側に化粧屋根裏(天井を張らない)

と二分しています。

化粧屋根裏側には「突上窓(つけあげまど)」と呼ばれる天窓があり。

茶室内の採光や喚起の機能もあります。

特徴4 

勝手付にある有楽窓。外から細い竹を詰め打ちしたものです。

にじり口から入って左側に並ぶ連子窓(細い堅材を打ちつけた)の高さは、だんだん高くなっています。

大井戸茶碗(おおいどちゃわん)

寂びの茶碗の代表格として有名な大井戸茶碗の内,五指に入ると言う定評が与えられ,かつて織田信長の弟有楽斎が所持していたところから「有楽」の銘を持っている。まことにはんなりとした優美な大井戸で,ゆるりとした曲線美はいかにも女性的であり,赤みを含んだ枇杷色の釉薬もしめやか。高台際の長石釉の縮れ(梅花皮という)も整っておとなしい。豪放な喜左衛門井戸とは対照的な作風を示している。

東京国立博物館ホームページより

有楽斎さんの生き方とは

戦いの裏側、戦略側では、自分に有利な主張を前面に打ち出すことで、人間の弱さはポロポロでてきます。

有楽斎さんの、「大阪冬の陣」でのあの嫌らしい感じは人間として、当然のことなのかもしれません。

徳川家のスパイだったとも言われていますし。

長い間、豊臣側・徳川側の調停役?(どちらにもつかず離れず)として、うまい具合に立ち回り、その間に好きな茶の湯をちょいちょい楽しみながら、生きてきた感がある有楽斎さん。

戦いが似合わない人なんだと思います。

大阪冬の陣の有楽斎さん、ネチネチいやらしさ満載。

大阪夏の陣の有楽斎さん、もう大阪城から消えて京都東山に隠棲してしまいます。

その後の人生は、茶の湯をしみじみと楽しんだのでしょう。

そうでなければ、「如庵」のような茶室は生まれなかったのですから。

 

参考 『和楽ムック 茶の湯入門』

   『戦国茶闘伝』三宅孝太郎著